大阪・堺市の大浜公園相撲場は知る人ぞ知る、アマチュア相撲の聖地です。土俵入りや塩まきなど、実際に体験をしてみると、歴史ある土俵の重みを感じることができます。周辺には、かつて“東洋一”と称された施設の片鱗が残る大浜公園、学生相撲ゆかりの水野鍛錬所、元力士が営むちゃんこ店などもあり、相撲文化を多角的に楽しめる一日をご提案します。
関連ツアー
大阪:本物の土俵で相撲の稽古や動作の体験、稽古場の見学
- 一般立入不可の大浜公園相撲場で、力士の準備や稽古に使われる施設を見学。
- 大浜公園相撲場の本物の土俵に上がり、塩まきや試合前の拍子打ちを体験。
- 日本の伝統文化「相撲」を身近に感じるツアーの思い出に、相撲タオルをプレゼント。
大阪市内から電車でおよそ15分。歴史ある港町として栄え、多彩な文化が息づく堺市は、千利休ゆかりの茶の湯文化や刀鍛冶の伝統、世界遺産「百舌鳥・古市古墳群」など、見どころにあふれたまちです。
なかでも意外な一面として知られているのが大正8年に「第1回全国学生相撲選手権大会」が開催された史実です。その舞台となったのが、海に面した大浜公園内にある相撲場。この場所には、全国から集まった学生力士たちが熱戦を繰り広げ、数々の名勝負が生まれてきた歴史が、今も静かに刻まれています。
今回、現地を訪れたのは、相撲に関心があるフランス人モデルのティボさん。実際に本土俵へ上がり、力士の象徴ともいえる「塩まき」や「土俵入り」を体験しました。力士気分を味わったあとは、相撲と深いつながりをもつグルメやゆかりの施設も巡り、心もお腹も満たされる一日を過ごしました。
Guide
関西屈指のレジャー施設だった面影を残す「大浜公園」
相撲場を有する大浜公園は、明治12年(1879年)に誕生した堺市営で最も古い公園で、その歴史は140年以上。かつては白砂青松の美しい海岸線が広がり、関西屈指のレジャー地として賑わった面影がそこかしこに残っています。
公園入口に立つと目に飛び込んでくるのが、凱旋門のように堂々とそびえる「大浜公園正門」です。往時の繁栄を象徴する重厚なデザインで、当時の華やぎを今に伝えています。荘厳なアーチを見上げながら、「立派な入り口ですね」と感嘆するティボさん。まるで時代をさかのぼったかのような感覚を味わっていました。
大浜公園の名を有名にしたのが、明治36年(1903年)に大阪で開かれた「第5回内国勧業博覧会」です。世界的な博覧会の会場に選ばれたことで、園内には“東洋一”と称された堺水族館が設置され、公会堂や潮湯、海水浴場、土産物店などが建ち並び、評判を呼びました。
大浜公園の正門はとても立派で、迫力がありました。歴史ある公園だとは聞いていましたが、こんなにも重厚感ある入り口が残っているとは思いませんでした。昔は水族館や潮湯まであったと知り、当時はとても賑わっていたのだろうと想像しながら、園内を散策しました。訪れたのが紅葉の時期だったこともあり、相撲場の行き帰りに紅葉狩りができたのもよかったです。
アマチュア相撲の聖地「大浜公園相撲場」
力士の所作や精神を学び、相撲文化の奥深さに触れる
大正8年に第1回全国学生相撲選手権大会が開催されたことで知られる大浜。アマチュア相撲の聖地として知る人ぞ知る当地に創設された「大浜公園相撲場」。第64回大会以降は、当地と東京・両国国技館で隔年開催されるようになり、全国から若き力士たちが集い、幾多の名勝負と名選手を生み出し続けています。
屋内に設けられた格式ある「本土俵」は、大会の有無に関わらず、常に最良の状態を保つように管理されています。本土俵以外にも稽古用の土俵があり、力士たちの練習場として使用されるほか、子ども相撲の会場にもなっています。
静けさに包まれた相撲場を前に、かつてここでぶつかり合った学生力士たちの気迫や声援、土俵を踏みしめる音が、かすかに蘇ってくるかのようです。観光地として華やかに知られているわけではありませんが、だからこそ残る、誇りある歴史と空気感が、この場所を特別なものにしています。
この日、ティボさんを案内してくれたのは、大浜相撲場の館長でした。円形の土俵にそっと足を踏み入れた瞬間、ティボさんの背筋が自然と伸びたといいます。張り詰めた静寂と、場のもつ独特の重みが、この場所が“ただの施設ではない”ことを語りかけるせいかもしれません。
この日は特別に「土俵入り」と「塩まき」を体験させてもらうことができました。土俵入りの際には館長が拍子木を打ち鳴らし、その乾いた音が場内に響くと、空気が一気に本場所のように引き締まります。館長から「塩をまく行為には、土俵を清める意味がある」「垂直にまく力士もいれば、水平にまく力士もいる。まき方に決まりがあるわけではなく、個性が出る」といった話を聞きながら、ティボさんも真剣な表情で挑戦しました。
館長の言葉でとりわけ印象的だったのが、力士が大切にしている心構え「忍」です。
「忍」は場内に立つ石碑にも刻まれている言葉で、「我慢する」「静かに気持ちを抑える」といった意味もあります。勝っても負けても、興奮や悔しさをすぐに表に出さず、ぐっと心を落ち着かせる。その美意識こそが、日本の国技である相撲が世界から尊敬を集める理由のひとつなのかもしれません。
土俵に足を踏み入れた瞬間、引き締まるような思いを感じました。手入れされた土はやわらかくて、足裏に伝わる感触が心地よかったです。館長の説明はとても丁寧で、土俵入りや塩まきに込められた意味を知ることで、相撲は単なるスポーツではなく「精神を整える文化」だと実感しました。「忍」という言葉の重さも心に残り、日本的な美意識に触れられて感動しました。
戦後の猿島を前身とする「猿飼育舎」
続いてやってきたのは大浜公園内にある「猿飼育舎」。明治期、堺水族館の関連施設として始まり、戦後に「猿島」として親しまれたものが前身で、老朽化に伴い撤去されたあと、現在の猿舎として平成21年(2009年)に整備されました。ニホンザルが仲良く暮らす姿を見て、ティボさんも自然と笑顔に。「都会の近くでこんな場所に出会えるなんて!」と楽しそうに眺めていました。
元二子山部屋の力士がもてなす「ちゃんこ若」
元力士だから醸し出せる本格ちゃんこの風味が絶品
大浜公園から車で移動して、力士ゆかりのグルメを求めて「ちゃんこ若」へ向かいました。
店主は、二子山部屋で力士として土俵に立った経歴を持つ元力士。店名の由来は、かつて師弟関係にあった初代の若乃花(親方)を象徴する一文字。部屋で受け継いだ伝統の味と食材、さらに舌の肥えた力士特有の味覚や食への強いこだわりを生かした本格ちゃんこを振る舞っています。
看板メニューは、鶏ガラを丁寧に炊き上げた旨みたっぷりのスープに、旬の野菜や海鮮、つくねを合わせた本格ちゃんこ。しょうゆ・みそ・塩などお好みの味付けが選べますが、「二子山部屋の味」を楽しみたいなら、師匠の地元・青森の津軽味噌を使用したみそちゃんこが同店の定番。
力士ならではの気風の良さと、家族経営のあたたかさが漂う店内は、初めて訪れる人でも居心地のいい空間。相撲ゆかりのスポットをめぐったあとの締めとしてもぴったりです。堺に根づく相撲文化の“味”を体感できる一軒です。
めちゃくちゃおいしかった! お腹いっぱい食べて、大満足でした。具沢山のちゃんこ鍋を食べると体の芯から温まってパワーも沸いてきて、まるで力士みたいに力強さと優しさを兼ね備えた食べ物だと思いました。店主から現役時代の相撲部屋での思い出や裏話を聞き、番付表を解説してもらい、食事の合間も贅沢な時間を過ごすことができました。とても良い思い出になりました。
学生相撲にゆかりある「水野鍛錬所」もおすすめ
全国学生相撲選手権大会の優勝者に贈られる日本刀の鍛刀も担う「水野鍛錬所」。
明治5年(1872年)創業の、日本刀と庖丁を鍛える堺の代表的な鍛冶場で、今も「鞴(ふいご)」が現役で使われ、火花が散る伝統の鍛造風景が残されています。
戦後に行われた法隆寺・国宝五重塔の大改修では、四隅に吊るされる「魔除け鎌」を鍛造し、昭和27年(1952年)に奉納したことで知られています。 この鎌は1300年前の古釘を集めて鍛え上げたもので、200〜300年に一度しか掛け替えられない特別なもの。工房では、この「魔除け鎌」と心柱に使われた釘を実際に手に取ることもでき、その歴史の重みを肌で感じることもできます。
人や文化、歴史の繋がりを感じた、心豊かなひととき
相撲場で本土俵に立ち、塩をまき、拍子木の音を聞く──。
日本の伝統文化に触れる体験は、見るだけでは決して味わえない重みと静けさ、美しい所作の意味をそっと教えてくれます。相撲ゆかりの施設や老舗の工房、力士が腕をふるうちゃんこ料理まで巡れば、この土地に脈々と受け継がれてきた文化が、より立体的に感じられるはずです。
アマチュア相撲の歴史が息づく大浜公園から、鍛冶の火が今も燃え続ける水野鍛錬所、そしてあたたかな力士の味に出会える食のスポットまで──。堺には、相撲を軸にした“知る・触れる・味わう”体験が凝縮されています。
ティボさんにとっても、そして訪れる誰にとっても、ここはきっと相撲がもっと好きになる場所。静かな土俵に立つと、自分の中のスイッチがふっと入るような、不思議な高揚が宿ります。
堺へ来たらぜひ、歴史と人の思いに支えられてきた相撲文化の一端を全身で感じてみてください。
Photo:高津祐次(Yuji Takatsu)
Edit:週刊大阪日日新聞社
Direction:人間編集舎
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