かつて白砂青松の景勝地として知られ、別荘地としても親しまれてきた高石市・羽衣周辺。現在も「浜寺公園」を中心に多数の松が植えられ、往時の風景を忍ばせます。また日本画を多数所蔵する「小林美術館」があり、自然と文化を満喫できるエリアとしても人気です。今回は大阪出身の現代浮世絵師・水縹憂柊さんとともに、高石市のおすすめコースを散策します。
関連ツアー
大阪:学芸員による特別解説付き 小林美術館ツアー+和スイーツでのひととき
- 文化勲章作家の日本画を多く所蔵する小林美術館を見学。
- 学芸員の特別解説で日本画を深く理解
- 庭園を眺めながら、羽衣抹茶と泉州名物のくるみ餅で癒やしのティータイム。
古代には砂浜に沿って浜寺の松林が立ち並び、その美しさが『万葉集』にも詠まれた高石市・羽衣エリア。高級住宅地として開発された現在も、浜寺公園の松や屋敷の庭木は往時を忍ばせ、「大阪まちなみ百景」に選出されています。
羽衣という地名は、この地に伝わる羽衣伝説に由来します。浜寺公園にあった名松のひとつ「羽衣の松」から駅名が付けられ、のちに地名となりました。近年は「天女の住まう街」として、羽衣や天女をモチーフにした取り組みも展開されています。
今回の街歩きは、大阪・なんばから約15分の羽衣駅からスタート。「高石は、以前から作品制作などでご縁のある街。今日も新しいインスピレーションを得られたら」と話す水縹憂柊さんと一緒に、小林美術館を目指しました。
Guide
「羽衣」の名を持つ神社に、砂浜だった昔の名残が
まずはご当地の神社にごあいさつ。羽衣駅の近くにある「大鳥羽衣濱神社」(おおとりはごろもはまじんじゃ)を参拝しました。
「羽衣伝説」は、日本各地に伝わる天女降臨譚のひとつ。天から舞い降りた天女が、水浴の際に羽衣を隠され、人間の男性と結婚するという物語です。この地域では「羽衣濱神社」の名としても残っており、長年にわたり親しまれてきた伝承であることがうかがえます。
境内には、かつてこの場所が砂浜だったことを示す碑も立てられています。神社の方によると、松が植えられているのも当時の名残だそうです。
「荘厳な雰囲気を持つ神社ですね。特にクスノキは壮観です。このくらい大きなサイズはなかなかお目にかかれないのではないでしょうか」と話す水縹さん。月に1回は近所の神社に参詣するそうで「神社やそこにある伝説からインスピレーションを受け、作品を制作することも少なくないんです」と語ります。以前取り組んだ高石市とのコラボレーションでは、天女をモチーフに美人画を描いたこともあり、感慨深そうに手を合わせていました。
昔の物語をリスペクトし、新しい解釈を示すのも現代浮世絵の形のひとつ。羽衣伝説を題材にした作品も制作していたので「改めてご縁を感じる場所だ」とうれしく思っています。大鳥羽衣濱神社は、全体の雰囲気はもちろんですが、ご神木からすごくパワーを感じます。こうした場所に身を置くと、新たな創作への意欲も刺激されますね。
地元住民に愛される、揚げたて創作コロッケで腹ごしらえ
参拝後は、羽衣駅からすぐのコロッケ専門店「羽衣コロッケ店 Croquette」(クロケット)でランチタイム。看板商品のプレーンコロッケをはじめ、常時6種類以上を揃え、注文を受けてから揚げて提供しています。
コロッケのタネはホワイトソースがベースで、なめらかな口当たりが特徴なのだそう。お昼の時間帯はランチメニューも充実しています。水縹さんは、2種類のコロッケを選べる「ランチプレート」を注文。サラダやフルーツも付いたバランス重視のプレートに、大満足の様子でした。
珍しい種類のコロッケがあり、何を選ぼうか迷いました! 今回は「めんたいことバター」と「チーズ」のコロッケを選んだのですが、どちらも一口食べて感動しました! 評判通り、なめらかでありながら食べ応えがあり、とにかく美味しい! お酒も飲めて、おつまみ系のメニューも豊富とのことなので、今度は夜にゆっくり訪れたいですね。テイクアウトでコロッケを購入していくお客さんたちもいて、地元で愛されているお店なのだとよく分かりました。
文化勲章を受章した作家たちの日本画を鑑賞。「小林美術館」で、巨匠たちの息吹を感じる
クロケットから6分ほど歩き、いよいよ本日の目的地である「小林美術館」に到着! 高石市内では初の美術館として2016年に開館した私立美術館です。
最大の特徴は、日本画コレクションの充実ぶりです。同館は小林英樹館長の理念のもと、開館当時39人いた「文化勲章受章作家全員の作品を所蔵している美術館」としてオープン。
現在も、明治以降の日本画壇で文化勲章を受章した、40人の日本画家の作品を所蔵しています。竹内栖鳳(たけうちせいほう)、上村松園(うえむらしょうえん)など巨匠の作品が一堂に集められています。
ガラスなしの展示室だから、作品を間近で鑑賞できる!
同館では、作品の質感を忠実に伝えたいとの思いから、ガラスケースを設けておらず、限界まで近づいて絵画を見ることができます。これには水縹さんも「日本画に用いられる岩絵具は、粒子そのものが表情を持っています。ガラス越しではなく、直接作品と向き合うことで、その粒子感や光の反射が、より近くで見られて嬉しいです」と、熱心に鑑賞していました。
※一部の作品を除き、展示室内は写真撮影不可となっています。マナーを守って鑑賞してください。
特に引き付けられた様子だったのが、巨匠・横山大観(よこやまたいかん)の作品。繊細な筆致と緑色の濃淡で竹林の奥行きを表現し、一輪のユリと互いを引き立てています。「日本画にはあまり詳しくないのですが、実物の迫力はやっぱりすごいですね。こんな巨匠の作品が間近で見られるなんて……解説も充実しているので、学びながら鑑賞できるのもうれしいです」。
文化勲章受章者以外の絵画も充実
約400点の所蔵作品の中には、文化勲章受章者以外の日本画や、日本画以外の近代以降の作品もあります。
この日は冬季特別展が開催されており、棟方志功(むなかたしこう)の版画などが並んでいました。なお、展示は年4回の特別展・季節展で構成され、四季折々の美術品の魅力を体感できます。
ここでは日本画家・長谷川透さんの屏風絵に注目。銀屏風に描かれた龍と対峙し、おもわず「すごい」と一言。「龍をこのような様式で、さらに銀色で表現するのは珍しいですよね。どんな気持ちで描いたのかな」と、熱心に観察していました。
このように、存命の作家をピックアップした展示コーナーなど、文化振興を後押しする取り組みも同館ならでは。学芸員による展示解説やイベントも積極的に行われており、作品の見どころや画家のエピソードを直接聞けるとあって、高石市の名物になっています。
鑑賞後はショップで買い物、カフェで一息
館内にはギャラリーショップが設置されており、所蔵作品をプリントしたオリジナルポストカードなどグッズを購入できます。
「絵画の美しさに親しんでもらいたい」との思いもあり、小林館長が各地の作家たちから買い付けた日本画の原画や、名作のレプリカも販売しています。
併設された喫茶店「絵画喫茶 羽衣珈琲」は、鑑賞後の休憩スポットとしても人気。こだわりのコーヒーや季節ごとの甘味のほか、食事メニューまで幅広く用意しています。
ちなみに、一番人気は『泉州名物くるみ餅』。添加物を一切使わずに作った体に優しいくるみ餅は、大豆の素材の味が楽しめる一品で、お抹茶との相性抜群。美術館を訪れるお客さんに好評です。絵画鑑賞後の一息にぜひ味わってみてはどうでしょう。
店内奥には大窓が設置され、庭園を眺めることができます。利用客からは「日本画の世界が目の前に飛び出してきたよう」「季節が感じられて贅沢な時間を過ごせる」と好評。充実したコレクションを持ちながら、大型の国公立美術館とはひと味違うアットホームさを感じさせる小林美術館は、関西を代表する日本画の拠点として注目されています。
日本画の一番の魅力は、作品を通して、当時の作者の見た世界が味わえる点にあります。小林美術館は、展示室に入った瞬間、絵が発する匂いが感じられ、重ねてきた歴史を思い起こさせてくれます。私は絵は五感で楽しむものだと思っていますが、ここはまさに、五感で芸術を感じられる場所ですね。
浜寺公園を歩き、詩歌に詠まれた松林を思う
旅の最後は、高石市と堺市にまたがる大規模公園「浜寺公園」を散策します。園内全域に広がる約4,000本のクロマツは、「日本の名松100選」に選ばれています。『万葉集』に詠まれた「高師の浜の松」は、この一帯の松を指すとされ、以降も詩歌の題材として取り上げられてきたことをみても、古くから風光明媚な景勝地として知られていたことが分かります。
ちなみに公園化されたのは明治時代の初期。当時、開発のため松林が伐採される危機にありました。しかし、当時の政府の要職にあった大久保利通は、浜寺公園の松の美しさに魅了され、政府に直接保全を訴えます。これがきっかけで、浜寺公園は森林保全のため公園に指定されることになりました。
1000年以上前に編纂された『万葉集』にも詠まれた松たちは、現代まで人々を魅了し続けています。
園内の見どころは松だけではありません。公園内にある「ばら庭園」は、冬季は大部分が閉園しているものの、一部コーナーには入園でき、季節のバラを楽しむことができます。
「冬でも咲いているバラを観ることができ、創作意欲が高まりました。あとは、なんといっても松の美しさはすごいですね。『日本の名松100選』に選出されていることはもちろん知っていましたが、ここまで美しい松が楽しめるとは正直驚きました」という水縹さん。「一度は訪れたかった場所」といい、感激した様子で園内を散策していました。
帰りの電車には、公園からすぐ近くの浜寺公園駅で乗車。現在利用されている駅舎の隣には、国の登録有形文化財である旧駅舎が保存されています。設計・監修したのは東京駅を手がけた辰野金吾と、関西建築界のレジェンド・片岡安による辰野片岡事務所。旧駅舎は現在、カフェやギャラリーとして活用されています。
松そのものは自然のものですが、松林は人工的に植えられたもの。公園全体をひとつの作品ということもできますね。松と人の営みが織りなす美しさが感じられるスポットです。そして、いにしえから愛されてきた松林の延長線上に、今自分が立っていると思うと感慨深いですね。コンパクトな旅でしたが芸術や自然に触れることができ、創作意欲が刺激される一日になりました!
芸術や自然を身近に感じられる「天女の街」を歩いて、心身を整えよう
高石市・羽衣周辺は、歴史を思わせる松林の景観と、国内屈指の日本画コレクションを誇る美術館が共存する、貴重な散策エリアです。羽衣伝説が息づく神社で心を整え、作品と向き合い、最後は浜寺公園でその余韻に浸る——そんなコースをたどりました。
好アクセスかつコンパクトでありながら、インスピレーションと活力を得られる街歩きを、歴史・自然・文化が感じられる羽衣エリアで楽しんでみてください。
Photo:北川暁(Satoru Kitagawa)
Edit:寺内浩登(Hiroto Terauchi)
Direction:人間編集舎
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