現在の大阪府貝塚市では、戦国時代から江戸時代にかけ宗教自治都市「貝塚寺内町(じないちょう)」が発展しました。仏教の宗派のひとつ、浄土真宗の信徒が治め、その名残は今も町の至る所に見られます。今回は、日本の伝統建築に関心を持つフランス人・ルシールさんと貝塚寺内町周辺を歩き、地域の人々と触れ合います。
関連ツアー
寺内町巡りと重要文化財でのお茶と和菓子作りツアー
・登録有形文化財の「感田神社」や寺内町の中心寺院「 願泉寺」の参拝
・地元ガイドによる案内で寺内町めぐり
・古民家で和菓子の手作り体験とお抹茶点て体験
電車を使えば大阪市内から1時間以内でアクセスでき、大阪南部に位置する貝塚市は、豊かな自然や歴史が感じられるまちです。特に、南海貝塚駅西口側の「貝塚寺内町」と呼ばれる地域には、戦国時代以来の歴史を感じるような町並みが広がり、重要文化財願泉寺を始め登録文化財の町家など、古い建造物が数多く残されています。
寺内町周辺の古建築は、文化財として保全されているだけでなく、住居や店舗として活用されているのも特徴です。伝統的な木造建築を生かすとともに、地元の食材をふんだんに使ったグルメなど、店主たちはここでしか味わえない体験を提供しています。
旅行商品を企画するという仕事柄、「出かけた先では、歴史的な建造物やモチーフについ注目してしまう」というルシールさんと、寺内町の中心である寺院や、飲食店を訪問。連綿と続く時の流れを感じる旅に出かけます。
Guide
日本のバチカン!? 宗教自治都市「寺内町」の中心「願泉寺」
南海貝塚駅から徒歩でおよそ6分、最初に訪れたのは「願泉寺」です。願泉寺の起源は、奈良時代に高僧が築いた草庵(質素な小屋)といわれています。戦国時代(16世紀)に浄土真宗の寺として再建されました。
浄土真宗の信徒と織田信長との戦乱のさなか、浄土真宗の本山である本願寺が一時期こちらに置かれ、貝塚が教団の中心地に。これを機に、貝塚の町はますます栄え賑わいました。江戸時代に入ってからは、願泉寺の住職が領主としてまちを治めるようになります。まちは商業・交易で発展を続け、願泉寺は信仰と政治の中心でした。現存する本堂などは江戸時代に建てられたもので、重要文化財に指定されています。
まずは第17代住職の卜半了顕(ぼくはんりょうけん)さんにごあいさつ。参拝のマナーを教わりながら、境内を案内していただきました。
願泉寺は、観光向けには公開されておらず、あくまで宗教施設です。卜半さんは「どなたでもお参りいただけますが、教会や神社と同じように、空間や信徒へ敬意を持ってきていただけるとうれしいですね。お数珠は必須ではありません。お家にある場合はぜひお持ちください」と話しています。
ルシールさん:
駅から歩いてくる途中、突然大きな屋根が現れた時はびっくりしました。願泉寺は、町の中にあるお寺としては規模が大きいですよね?
卜半さん:
一時的ではありましたが、浄土真宗の本山が置かれたお寺なので、建物そのものも境内の配置も、本山に遜色ない規模・様式になっています。
ルシールさん:
お寺の周りには信徒たちが多く暮らしていたんですよね。区画は昔のままだと聞きましたが、どんな町だったんですか?
卜半さん:
この寺内町は、願泉寺が中心となって運営された宗教自治都市で、警察権、租税権、裁判権を寺が持っていました。周辺には人々と富が集まり、戦国時代から江戸時代にかけて商工業が栄えました。宗教施設が中心にあり、独立して統治していたという点では、イタリアのバチカンに似ているかもしれませんね。
動物や植物をモチーフに作られた、精密な彫刻に注目!
願泉寺は、江戸時代の建築技術や装飾を今に残す建造物です。本堂の周りを歩きながら、随所に散りばめられた見どころを卜半さんに解説していただきました。
通常は非公開の本堂の内部へ。豪華絢爛な芸術を満喫
今回は特別に、本堂の中を見学させていただきました。
ルシールさん:
建物の中は色が多くて豪華ですね。外から見たときは木や瓦の暗い色が多かったので、イメージがかなり違います。
卜半さん:
本堂の内部は、大きくふたつの空間に分かれていて、今私たちがいるのが参拝者のスペース。奥にある一段上がった空間に、ご本尊である阿弥陀如来様が安置されています。神聖な場所なので、金箔などを使って荘厳な装飾が施されているんです。
ルシールさん:
さっきお唱えした南無阿弥陀仏も、阿弥陀様を意味しているんですか?
卜半さん:
その通り! 南無阿弥陀仏は「阿弥陀様に全てをお任せする」という意味。全てを委ね、救いを求める「本願他力」の教えの真髄を表しています。願いごとを思い浮かべてお祈りするのではなく、感謝の気持ちを込めて唱えてください。
ルシールさん:
「お任せする」という考え方はユニークですが、日本人の謙虚さにもつながっていそう。室内の彫刻は人が彫られていますが、これは仏教の教えですか?
卜半さん:
いえ、これらは中国の古い書物「二十四孝(にじゅうしこう)」が題材です。特に優れた親孝行をした24人の人物を取り上げたものですが、寺院の装飾によく見られます。しかし、24人分の彫刻が揃っているお寺は、全国的に見てもかなり貴重なんですよ。
寺内町に残る登録文化財を訪ね、石畳の道を歩く
願泉寺を後にし、周辺の寺内町を散策。石畳が敷かれた道に沿って古い町家が建ち並び、まるでタイムスリップしたかのような雰囲気です。
寺内町には、登録文化財の町家が点在しています。このうち「廣海家住宅(ひろみけじゅうたく)」は、廻船問屋の繁栄ぶりがうかがえる、江戸時代末期の建築物。30メートルを超える、広い間口が特徴です。主屋内は通常見学できませんが、時折、音楽イベントなどが開かれています。
建物のすぐそばには、来訪者が馬をつないでおくための石が残されています。
続いて訪れた「利齋家住宅(りさいけじゅうたく)」の主屋はさらに古く、江戸時代の中期に建てられたもの。寺内町に残る町家では最古とされています。代々、漢方薬を扱う薬種問屋を営まれていました。
利齋家住宅には、「駒寄せ」と呼ばれる柵が設けられています。道と敷地の境界を示し、汚れから建物を守るものです。伝統的な工具で部材に凹凸を付ける「なぐり」という仕上げが特徴で、これにはルシールさんも興味津々でした。
※このような登録有形文化財の町家などには、現在も住宅として所有者がお住まいになっておられ、内部は非公開です。まちを訪ねるときは、マナーを守っていただくようお願いいたします。
貝塚を代表する、優しい味わいの銘菓「村雨」をお土産に
近くには、江戸時代末期に創業した菓子店「塩五」があります。その代名詞ともいえるのが古くから伝わる蒸し菓子「村雨」です。
小豆・米粉・砂糖を混ぜてそぼろ状にし、蒸し上げた生菓子で、軽やかな舌触りともっちりとした食感が特徴です。
ショーケースにはセット商品がたくさん並べられています。「伝統的なパッケージがかわいい」とのぞき込むルシールさん。
「村雨に使う食材はたったの3種類。製法もシンプルなので、丁寧に作ることと素材にこだわっています」とお店の方が教えてくれました。村雨で粒あんを包んだ「村雨饅頭」も人気商品です。現在の店主である6代目が考案されたそうです。
村雨は、見た目はケーキのような質感ですが、食べてみるとしっとりしていて驚きました。素材が限られているからか、素朴だけど上品な味わいですね。飽きないどころか、すぐにリピートしたくなりそう! グルテンフリーなのもうれしいポイントです。
ランチは、注目のお店が並ぶ古民家再生エリアで
塩五からさらに南西に歩くと、風情のある長屋が現れます。登録有形文化財「寺田家住宅」の近くにあり、寺田財閥と関連があったことから、この一帯は「寺田家長屋」と銘打って整備され、店舗や住宅として活用が進められています。
「古民家そらcafe」は、この長屋エリアでいち早く2012年にオープン。築70年の長屋ならではの伝統的な構造を生かしつつ、開放的な空間が広がっています。地元の野菜をふんだんに使ったメニューが特徴で、平日もたくさんの人で賑わっていました。
お料理は見た目も美しくて、どれから食べるか悩んでしまいました(笑)。野菜がたくさんで、食べ応えもあって大満足です。日本らしさを残しながらリノベーションされた空間も素敵でした。日本の伝統的な集合住宅は、縦ではなく横にのびているのが面白いですね。
土蔵を改装したお店でいただく手打ちそばもオススメ
古民家そらcafeと同じ寺田家長屋に店を構える「手打ち蕎麦 仙太郎」も人気店です。全国各地から、時期ごとに一番いいそばの実を取り寄せて、店内で自家製粉して手打ちしています。日本酒を多数取り揃えており、昼呑みもOK。そば以外の料理も豊富です。
町歩きの途中で、本格的なそばが食べられるなんてうれしいです。味がしっかりした鴨のつけ汁と、それに負けないそばの香りに感動しました! こちらの内装は船がモチーフと聞きました。同じエリアのお店でも、それぞれ個性がはっきりしているんですね。
長屋リノベの喫茶店、こだわりのコーヒーでリラックス
最後は再び寺内町に戻り一服しました。「喫茶トランク」は、江戸時代末期から明治時代に建てられた長屋をリノベーションした喫茶店です。内装は、映画・ドラマ・音楽好きのマスターが、劇中の探偵事務所をイメージしてデザイン。店内には映画グッズだけでなく、さまざまなジャンルのレトロなアイテムが飾られています。
自家焙煎した深煎りのコーヒー豆を、ネルドリップで抽出することで「どっしりとした苦みだけでなく、油分によるまろみが出るんです」と寺内さん。店内は、コーヒー好きと近所の人が入り混じります。
昭和レトロな装飾を楽しんでいると、コーヒーが運ばれてきました。ナポリタンやプリンなど、昔ながらの喫茶店メニューも人気です。
ルシールさん:
この建物で喫茶店を始められたきっかけは、何だったんですか?
寺内さん:
もともと貝塚市内の別のエリアで営んでいたんです。一緒に経営しているママは不登校支援にも取り組んでいるんですが、少しずつ手狭になってきて。そんな時、ここのオーナーさんが入居者を募集されているのを知ったんです。
ルシールさん:
そんな偶然があったんですね!
寺内さん:
「古い町屋を活用したい」という思いに共感しました。とはいえ内装はこんな感じで、時代がミックスしている感じですが(笑)
ルシールさん:
自分が何時代にいるか分からない不思議な感覚になります! しかも、いろんなカルチャーを知ることができて楽しいです。アニメは外国人にとっても身近ですが、少し昔の日本の映画や音楽に触れられる場所は珍しいですね。
歴史情緒ある貝塚市でミニトリップを
もともと史跡や伝統建築に興味があったというルシールさんですが、江戸〜明治時代に建てられた文化財を一度にたくさん見る機会は貴重だったといいます。「大阪市内から気軽に来ることができて、しかも駅からすぐのエリアに、こんなに見どころが詰まっているなんて驚きました。どのスポットでも、みなさんが町や文化を愛しているのが伝わってきたのも印象的でした」と振り返りました。
歴史や文化、そして人々の営みが積み重なり、唯一無二の表情を見せる貝塚市。ぜひ一度訪れ、時間旅行気分で街歩きを満喫してみてください。
Photo : 高津祐次(Yuji Takatsu)
Edit : 高津祐次(Yuji Takatsu)
Direction:人間編集舎
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