美しい棚田や豊かな自然が残る河内長野市の天見・流谷地区。今回はこの知る人ぞ知る大阪府と和歌山県の府県境にある里山を、カメラ片手に散策してみます。ランチは老舗旅館「南天苑」で、旬の食材をふんだんに使ったコースを。そして最後は温泉で一息。心も体も癒される贅沢な時間を過ごしに、香港出身のレイチェルさんご夫婦が散策しました。
Guide
日常から少し離れて。小さな駅舎から始まる、里山巡りへいざ。
爽やかな空気を感じ始めた晴天の初秋。南海電鉄天見(あまみ)駅で降りると、そこには小さな愛らしい木造の駅舎が。旅気分を盛り上げてくれるような佇まいに、胸がときめきます。
里山が美しく残る天見地区は、ウォーキングだけでなくサイクリングエリアとしても人気のエリア。駅前には散策におすすめのルートを紹介する地図も掲げられています。今回は、数あるウォーキングスポットの中から、八幡神社と石造十三仏の2箇所を目指して、さっそく歩き始めました。
駅からコスモスや畑を横目に歩き進めると、辿り着いたのは「出合ノ辻(であいのつじ)」と書かれた交差点。一見何の変哲もない交差点ですが、ここは実は歴史深き場所……。
なんと1333年に後醍醐天皇方の武将・楠木正成軍と鎌倉幕府軍が「安満見合戦(あまみかっせん)」を繰り広げた古戦場跡と伝えられている場所なんです。立ち入ることはできませんが、左側に見える緑が生い茂る場所には、合戦で亡くなった武士たちを弔った塚があると言われています。何気ない交差点に、時代のワンシーンが潜む天見地区。物語を知ることで、好奇心がくすぐられます。
「出合ノ辻」を渡り歩き進めると、道端には「高野街道」の文字。そう、ここは弘法大師・空海が高野山を目指して歩いた参詣道でもあるのです。そんな歴史を感じる銘板をパシャリ。
天見地域では、南北朝時代には八幡神社の宮司により、病気に苦しむ人達の湯治場として温泉が開かれたそうです。1700年代に火事で湯治場が消失してしまいましたが、それまでは温泉地として親しまれていたそう。弘法大師・空海が高野山へ向かう中で疲れを癒した温泉も、まさにここ天見温泉地だったと言われています。
そしてもう一つ、天見地域を語るのに欠かせないのは南天。歩きながらよくよく見ていると、至るところに南天の木が! 昔は南天生産の一大地だった天見地域は「南天の里」と呼ばれていました。現在は南天生産を専業している生産者はいないそうですが、至るところに南天の木が生えており、その歴史を物語っています。普段街中では見られない南天の木を前に、「こんなにたくさん!」と、シャッターを切るレイチェルさん。
里山を彩るのは南天の木だけではありません。ところどころに彼岸花が咲いていたり、柿の木や栗の木には豊かなみのりがなっていました。
駅からたった30分ほど歩くだけで、目の前にはグラデーションのような緑で彩られた壮観の里山の風景が! 「箕面にも自然は多いですが、この広大な景色は、普段目にする自然の景色と違っていいですね。地元・香港にもこういう景色はないし、田畑を目にする機会もなかなかありません。異国に暮らしているんだなぁって、しみじみと感じます」とレイチェルさん。
歩いてみると、彼岸花やコスモス、そして柿や栗の木などさまざまな植物に出合えました。普段の生活ではこんなにさまざまな種類の植物に囲まれることがないので、本当に新鮮! この地域ならではの景色は、歩き甲斐があります。
地域の人との絆を感じる、八幡神社へ。
散策を続けると、遠くに赤い橋が見えてきました! いよいよ一つ目の目的地・八幡神社に到着です。
橋を渡って小径を進んでいくと、拝殿を発見。
八幡神社は、石清水八幡宮の別宮として1039年に創建された歴史ある神社。里山にポツンと佇むこの神社、毎年1月6日頃には、神社の前を流れる流谷川に太いしめ縄が掛け渡される神事「勧請縄かけ(かんじょうなわかけ)」が行われています。神事で使うしめ縄は、流谷と下天見地区の氏子が、新わらを持ち寄ってみんなで縄を編んでいくそう。地域の人と神社や神事が密接に繋がる深い絆が感じられるエピソードに、この地域ならではの暮らしがうかがえます。
八幡神社をあとにし、散策を続けると、今度は光り輝く棚田「流谷の棚田」に到着。
近づいてみると、たわわに実った美しい稲穂が。そんな棚田のすぐ近くの小径を登っていくと……
2つ目の目的地、市指定文化財の「石造十三仏」です! よくよく見てみると、花崗岩で作られたという本石造物には、十三体の仏様が彫られています。本石造物には名前などが刻まれており、中にはカタカナ表記の名前も。これは、キリシタンの洗礼名ではないかとの説もあり、河内キリシタン史や郷土研究にとって重要な資料とされています。
散策する中で見つけたお気に入りの景色は、流谷川に架かる赤い橋。日本らしさを感じて好きな風景になりました。橋を渡ると神社に辿り着けるというのも、なんだか探検をしているようで楽しいです。近くにあったイチョウの大木からは、自然のパワーをもらえたような気がします。
建築家・辰野金吾が手がけた老舗旅館「南天苑」へ
約1時間にわたる天見・流谷地区の散策を楽しんだあとは、天見駅の方へ戻り、老舗旅館「南天苑」へ。この大大阪時代をも思わせるレトロな建築は、中之島の中央公会堂や東京駅を手がけたことでも有名な、建築家の辰野金吾氏によるもの。
大正時代に建設した「潮湯」の別館として堺市大浜公園に造られ、1935年にここ天見へ移築。戦後の空白期間を経て、1949年に「南天苑」として創業しました。数寄屋造の建築は、飾りや円窓を始め内観も当時のまま。現在は国の登録有形文化財に登録されています。
そんな「南天苑」で、本日は日帰りプランを満喫することに。四季の会席料理と温泉を楽しめるプランです。
南北朝時代に温泉地だった天見ですが、その当時の温泉「極楽湯」の名を受け継ぎ、南天苑でも温泉「極楽湯」に入ることができます。
食事と温泉がセットになった2時間半の日帰りプランでは、温泉に入るタイミングは自由に選べます。今回は食事前に温泉へ浸かり、リセット。浴衣(別料金)に着替えて、日本庭園を望めるお部屋でゆっくりとしたひとときに身を委ねました。
一息ついたところで、お料理が運ばれてきました。本日選んだのは「四季の会席料理 風コース」(税込8,800円 ※食事と日帰り入浴のセット、温泉のみの利用不可)。河内長野周辺の食材を始め、地域の旬の食材をふんだんに使ったお料理を11品いただくことができます。また、食前酒や食前のドリンクに、庭で採れた果物を使った自家製食前酒や酵素ジュースも楽しめます。
月ごとに変わる献立は、優しく丁寧な味付けによって、研ぎ澄まされた素材の美味しさを感じる一品ばかり。「長寿のお祝いや子どもの百日祝い、結婚記念日に利用される方も多いです」と女将さん。最近は宿泊利用だけでなく日帰りプランを利用する外国人観光客も増えているそう。
温泉旅館でゆっくり羽を伸ばそうとすると、ある程度の時間やお金が必要になってきますが、日帰りで上質な会席料理と温泉が楽しめるときたら、ご褒美だけと言わずちょっとしたお出かけ先としても、ぜひ選んでみたいものです。
「南天苑」では今回体験した日帰りプランだけでなく、茶道や生け花を体験できるプランや、甲冑体験ができるプランも。また、ベジタリアンやヴィーガン、ムスリムフレンドリーに対応したメニューなど、旬の食材をいろんな国の人に、安心して食べてもらえるような工夫が繰り広げられています。
犬を飼っていてなかなか気軽に旅行ができないので、日帰りで温泉旅館で過ごせるのは、旅気分を味わえてとても良かったです! お部屋からの日本庭園の眺めも美しく、食後のお散歩も楽しかったです。
思い立ったらすぐ出かけられる、自然と癒しに溢れた天見・流谷。
今回の散策は、これで終了。約半日という短い時間の中でも、さまざまな草木を愛でたり歴史に触れたりと、濃密な時間を過ごすことができました。「こんなに自然が溢れているので、次は紅葉の季節にぜひ来てみたい」とレイチェルさん。里山が残された自然だからこそ、季節によって異なる景色が存分に楽しめるはず。難波から約40分という近さで旅気分が味わえるのは、日常の中に少し贅沢な潤いを与えてくれそうです。また「南天苑」の近くには、「南天苑」が経営する古民家を使ったカフェ「久右衛門」もあるので、帰りに寄ってみるのもおすすめです。
ぜひカメラ片手にあなただけの天見・流谷の景色を切り取りながら、小トリップを楽しんでみてくださいね。
Photo:高津祐次(Yuji Takatsu)
Edit:高津祐次(Yuji Takatsu)
Direction:人間編集舎